日本の名木を訪ねて 第214回


 T県R市のO駅を降り、市役所通りを10分ほど歩いた公園の隅にその一本の木は立っている。品種は桜。日本のどこに行こうと見られるおなじみの木である。ではこの桜の木のどこが「名木」たる所以なのであろうか。驚くことなかれ、実はこのサクラ、一年中咲いているのである。つまり春夏秋冬常に花が満開なのである。この珍しい桜、「コブクロ桜」と呼ばれて地元では愛されているのだという。その呼び名の由来は定かではないが、平安時代山の奥から大きな鬼と小さな鬼が降りてきて、いたずらにこの桜を切り倒そうとして持っている斧で何度も斬りつけたものの、桜の幹には傷一つ残らなかった、という昔話がこの町には残されているという。この話にはまだ続きがあり、自らの無為な行為を悔やんだ鬼たちは悔い改め、この桜の素晴らしさを歌に託して旅を続けているということである。閑話休題。少し話が逸れてしまったのでこの「コブクロ桜」の話に戻ることにする。この「コブクロ桜」の存在がどれだけ町民の生活になじんでいるかというと、「コブクロ桜のように」という形容詞が当たり前のように使われているという点からもみてとれるであろう。ちなみに意味は「いつもいつも同じような」や「一年中いつでも」、満開であってもよく見ると花びら一つ一つは小さいことから「派手さや決め手には欠けるが堅実な」などである。読者諸兄も近くにお寄りの際はぜひ立ち寄ってみて欲しい。さて来週は、なぜか幹が真っ白で細かい髭のようなものが生えている、L県の通称「河口恭吾桜」を訪ねることにしよう。ちなみにこの桜、同性間交配で成長する、との噂がある。実に楽しい旅になりそうだ。