■

乗客？乗客のことなんかかんけーねーよ。俺は４月の「D-1」で優勝したいだけなんだから。・・・え、「D-1」知らないの？ほら、今まで車内アナウンスコンクールって、それぞれの鉄道会社でやってたじゃん？それを今年から帝都電鉄主催で、日本中の鉄道会社が一堂に会してさ、そんで車内アナウンスのコンクール開催することになったの。俺なんてこの１年、この「D-1」にかけてきたからね。周りのやつはさ、たまに改札やったり車掌やったりいろんなもんに手ぇ出してたけどさ、俺アナウンス一本でやってきたからね。気合いが違うっつーの。あとさ、師匠にも「がんばれ」って言われてるしさ。・・・うん、師匠。あ、俺の師匠知らない？あの「吉窯線の虎」知らない？マジで？俺なんか高校時代、師匠のあの車内アナウンスにヤラれちゃってこの世界目指したんだから。あれ初めて聞いたときには体中電気がびりびり走ってさ、そんで通学路でもないのに毎日吉窯線乗ってさ、ついには終点で運転室から降りてきた師匠捕まえて「弟子にしてください！」って土下座して。マジであんときゃ俺も若かったよ（笑）。そしたら師匠笑って「まず会社入れ」ってさ。そんでなんとか会社入って師匠の弟子になったわけ。で、師匠のアナウンスって、松陰流なわけ。うん、「無子音流」とも言われてるやつ。つまり、たとえば「次は渋谷、渋谷でございます」ってアナウンスするとすんじゃん？それが全部子音抜いたら、「ういあ〜、いうや、いうやえおあいあう〜」ってなるのね。で、途中に細かい小節を加えるわけ。この小節の入れ方が松陰流の真骨頂なんだけどね。一瞬なんて言ってるかわかんないんだけど、心をフラットにした状態で聞いたら深層心理で次の駅名がなんとか理解できるっていう。で、これをまあこの１年でなんとか形だけでも掴めたかなって。で、下馬評ではやっぱ帝都電鉄主催だけに帝都電鉄の斉藤とか高橋が優勝の有力候補なんだけど、帝都電鉄じゃない俺だって、決勝であの小節が出せればなんとかなんじゃねえかって自信は持ってるよマジで。だから４月の決勝マジで楽しみにしといてよ。なんかMONDO21で録画放送するらしいから。